
ブリーダーヒストリー 〜昔の話〜
| プードルマニアな私。。。。(お暇な人は読んでくださいね) もうかれこれ、トイプードルに目覚めてから30年以上の年月が経っている。 私が、初めて育てたトイプードルは、正真正銘ドワーフのホワイトちゃん ちょうどそのころ、”長靴下のピッピちゃん”っていうアメリカのホームドラマが流行っていて その可愛いピッピちゃんのように 天真爛漫な子に育ってほしいと思い、迎えた子犬に”ピッピ”って、命名したっけ。 トイプードルのピッピは、とても賢い子で、いろんな音を聞き分けた。 玄関のチャイムの音、家族の人の帰って来る音 医院の看護婦さんが鳴らすチャイムの音。。。それぞれの音で、家族に知らせてくれた。 一緒に住んでいた寅吉(猫)が、机の上の物をとろうとすると、 ”ガル〜〜〜♪”と、叱ったりして、 いつもおりこうさんで、いろんな事に貢献してくれ 皆に好かれた子だった。 13歳位まで生きていましたのですが、母が出かける際に家の鍵をかけ忘れた所、置いていかれてしまうと勘違いしたピッピちゃんは、母の足音だけを求めて家を飛び出してしまったのです。 いなくなったピッピを、仕事を一週間ほど休んで、 保険所や 近所の歩ける範囲のあらゆる所を探しに行きましたが、 見ていた近所の方の話では、知らない人が車から降りて来て急に ピッピちゃん抱っこして車に乗って行ったよ。。。って。。。 どうやら、そのころトイプードルは、珍しかったので、どこかのだれかに、さらわれて行ったようです。 もうすっかりお年で、目も見えず、耳も聞こえなかった子なので、いざ連れて帰った所でホントに大事に 飼ってくださったかどうかが、心配出仕方なかったのですが・・・・探す手立てもなく もう、はるか彼方の思い出話と、なってしまいました。 そんなピッピちゃんも一生のうち、一度だけbabyを産む事が有りましたが、 お相手はCHを、取った子素敵な王子様を。。。。と、探す予定でしたが、 お見合いをしたのは、これまたドタン子のドワーフプードルちゃん。。。 でもね。。。コロッころの可愛い子犬を5匹も育ててくれました。 それまでは、幼少のころから飼いネコのお産は見ておりましたが、 その時のピッピちゃんのお産介助が 私のブリーダー人生の始まりの出来事でした。 自分の子供を産むときもかなりの感動でしたが、一生懸命に大きなおなかを絞り、出て来ようとする子犬に合わせていきみ 上手に沢山の可愛い子犬を産むピッピの姿は、中学生の私にとっては、カルチャーショックな位・・・愛と生が。。。凄い映像となり、心の中にどうしても獣医になりたい!と、思わせたものです。 結局、親の反対で、獣医学部にはいけませんでしたが、やっぱりしたい事は、どうしても達成させてしまう私の性格で。。。とうとう、大人になってから思いを現実にしてしまいました。 それまで、仕事として、製薬会社に長年勤め 生き物に触れ合う仕事をしていましし、薬局で準薬剤師のような仕事をしておりましたし、衛生管理や獣医学・薬学的な事は結構、獣医くらい詳しいかもしれません。。。(^^+。。今は色々と役立っております。 今の目的・目標は、トイプードルにとっても 飼い主様にとっても 苦しむ遺伝疾患のリスクの少なくした繁殖を目指す事と その犬種らしさを残しつつ、家庭犬として可愛がってもらえるような、性格と容姿を持った子を作り続ける事です。 今やっている事は 自分自身 経済的にも肉体的にも大変で 余裕が少なくなりますが、可愛いトイプードル達の将来を深く考えると。。。。出てきた結果です。 どうか、そんな考えでブリーディングしている我が家の子を・・・と 思ってくださる方に、是非お迎えいただきたいと思ってます。 ロロピアジェJP 岩瀬 吉隆&典子 |

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